母がリハビリ病院に移って少し病院が遠くになってしまったので、毎日行くことがなかなか難しく、週に4日〜5日の面会となっています。
30分の面会時間、帰りがけになると少ししっかりしてくる母。病院のリハビリの人が一生懸命やってくれること、みんな優しくしてくれてる事なんかを話してくれます。
昨日は私が疲れていたことにも気が付いて、あなたの身体が1番大事なんだから、無理しないでね。なんて声をかけてくれたり、洋服少し買ったら?なんて言っていました。笑
一昨日行った時には、助けてーと叫んでいたりもしたけど、こんなふうに人のことをちゃんと見て思いやってくれた事は以前のままの母だなと嬉しかったです。
父は母の6つ年上ですでに90歳超え。短期記憶は全くありません!!それでも日中は一人で過ごしているのだけど、父もよく頑張ってくれていると思います。(昼食の支度をして、バイトへ行く際、保冷剤などで工夫しながらやっているけど、真夏はこれじゃ無理かもなー。。。)
先日はバイトから家に戻ると、トイレから父の部屋にかけて何かの物体を踏んで歩いた痕がたくさんありました。💩
トイレを見ると便座の横に💩が。多分間に合わず横に落ちちゃったのかなと思います。
そしてそれに気づかずふみふみして、短期記憶がないからその前に💩したのも忘れちゃってるので、何かスリッパについてるな〜。床にすりすり。そしてそのまま部屋へ歩いて。。。
床を掃除している時、まずはスリッパ取り上げないとキリがないぞ!!と気づき、父にスリッパを貸してと言うと、
「使っているから!!」と、貸してくれません。
迷ったけど、ことの次第を説明して、スリッパの裏側を見せたところ、
「それじゃあ、ボケ老人じゃないかと。」
本人は全く自分が認知症であるという自覚がないので、このへんの自尊心を傷つけたくないとは思っていたので、できれば、スリッパを素直に貸してくれたらよかったのだけど、、、まあそう上手く事は運ばないのが子育てと介護なのでしょう。。。
それでも父の偉いところは、これは自分がした💩じゃないとか言わないところ。
「それは随分な迷惑をかけてしまったな。」と。
この時点で、私は物凄く後悔しました。もっと他の何かを踏んだからスリッパを貸してと言えたんじゃないか。どこかでイライラした気持ちもあって、💩と伝えてしまったんじゃないか。自問自答しました。
子供の頃、近くの公園でどこかからの帰り道、父もまだ若くて元気で母もまだ若く美しく、そんな二人に手を繋いで持ち上げてもらった事、心がほわっと温かくなったこの瞬間この時を私は一生忘れないと思った事を思い出しました。
娘にその話をして、そういう思い出あるか聞いたところ、イギリスで現地校に行き始めた頃、ママが学校に送ってくれた時に、手をぎゅっと繋いでくれた時かなと。やっぱあの時不安だったんだねと娘。
毎日、学校に送って行く時に、娘の手が冷たくなっていて緊張しているんだとわかりました。3ヶ月経ってもこの手が温かくならなかったら、私は迷いなく日本人学校にこの子を戻さないといけないと考えていました。ちょうど3ヶ月経った頃、温かくなった手を感じたその朝と同じ日の帰り道、娘から現地のお友達の話を初めて聞くことができました。
話が大きく脱線しましたが、大切な父と母、日々の大変さでそういう事を忘れてしまいそうになるけど、最後まで大事に思えるようにしたいです。そのために介護サービスなども上手く使っていく必要があるかもしれないですね。
日本では65歳以上が占める割合は30%に達している世界でも最も高いという現状。2040年には国民の3人に一人が高齢者となるそう!!(他人事でなくそのなかに自分も含まれている!!)介護する側もされる側も余裕や幸福を感じられる社会になって欲しいと切に願うばかりです。