音楽を聴くとき、あなたは、何が大事ですか?
誰が作曲をしたか?作曲者の生き様?
人を欺くのは、よくない事。でも、出来上がった曲には罪はない。
広島のおばちゃんが、インタビューに、こう答えていました。
「広島の人が作曲したから、親しみがあったけど、違ったのは残念。いい曲なのにね~。」
音楽という物の善し悪しは、陸上競技みたいに、一目瞭然じゃない。だから、つい、誰が作曲したのか、その人がどういう人なのか、そんな事が、曲を好きになる上で必要な人もいるのかな。
でも、私は、もっとシンプル。その曲を聴いて、楽しい気持ちになる。悲しい気持ちになる。温かい気持ちになる。要は、その曲、演奏によって、魂が揺さぶられたから好きになっちゃった。ただこれだけです。でも、逆をいえば、シビアなのかもね。耳が不自由な人が作った曲だから、ヒロシマの曲だから、そんな基準でその曲を好きになったりはしないもの。
小さい頃、Beautiful Nameを聴いて、いい曲だなぁ~っと、涙が出てきました。まだ幼稚園くらいの時だったけど。その後も、泣いちゃう曲、ウキウキしてきちゃう曲、沢山出会いました。
私のレパートリーの曲は、ほとんど全て、私が泣いちゃったり、ウキウキしちゃったりした曲なんです。もし、コールポーターが、実は他の人に曲を書かせていたと、今わかっても、私は、この曲達を嫌いになったりはしない。ポーターの事も嫌いになれない。大好きな人の事をもっと知りたいと思うみたいに、じゃあ、誰が作ったの?どういう状況の時?その人と、ポーターとの関係は?とか興味は持つでしょうね。ポーターの曲として世に出てきて、ポーターの曲として、その曲と出会った。でも、違う作曲者がいた。その曲とのもう一つのつながりが増えたくらいなんです。
でも、この手の事、世の中沢山あるんだろうなぁ~。
長い間、人を欺いていた、佐村河内守さんを擁護する気持ちもないけれど、騙されたと怒る人々の気持ちも、私にはやっぱりわかりません。
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