3月の24日に前日から息切れが激しいのが気になって、病院に連れていくと、
心不全との診断があった。その時はまだそれほど深刻でないのか?入院か自宅療養か選べるような話をされた。
母は保険に入っているので、使わないと勿体無いという気があり、前回の圧迫骨折の時も入院を強く希望したが、その時は自宅で療養するよう担当の先生から勧められた。
高齢で、入院などをするとせん妄症状などで認知症が進行してしまうことを知らないわけではなかったが、なんとなく母にかぎってはまだ大丈夫だろうなどという気持ちもあり、また母の強い希望もあり、入院することを選んだ。
一度めの入院でも暴れたり、柵をくぐるようなそぶりがあったりで、拘束されてしまっていた。確かに、入院の最初に拘束することを許可しますというような書面にサインをした。
まさか、母がそんなふうになるとは思っていなかったというのもあるが、2週間の入院中ほぼずっと拘束されていたかと思うと忍びない。
その後自宅で5日間過ごしたが、昼間はうつらうつら、夜は1時間おきに声を出したりちゃんと眠れていたなかった。私もそのたびに起き、眠れない日々が続いた。この感覚味わったことがあるぞと思った。それは長女の赤ちゃんの時だった。長女は体力があったからなのか?凄く寝ない子だった。車だと寝るので、夜中のドライブに行ったり、家の中にベビーカーを入れて、ゆらゆらしたり、テレビの砂嵐を見せてみたり、いろいろ試したものだ。長男もいたので、私は睡眠不足の日々が続き限界だった。その時助けてくれたのも他でもない母だった。
退院後仕事を休ませていただいていた。退院して5日間で、どうにか母の状態がよくなって6日目からは仕事に行けるかと思っていたが、母の状態はよくならず、アルバイト先の特養のショートステイで預かってもらえることになった。
その時もショートステイの担当のkさんに連絡すると、空いてるから明日から1週間入れるよと。すぐに対応してくださった。
ショートステイで預かってもらっている間もスタッフさんたちは本当によくしてくれて、その時の歌を歌って楽しかったという記憶や、みんなが優しくしてくれた記憶は2度目の病院に入院してすぐもあり、嬉しそうに話してくれた。
ショートステイから様子がおかしいと救急搬送になり、2度目の入院となった。
心不全の値が、正常値の10倍くらいだったように思う。それから血栓ができている値も上がっているとのこと。その時の救急のドクターの親御さんもいま、ほとんど同じような状態で心配をしていると話してくれた。
1度目の担当の医師のICがとても威圧的で、質問もできないような感じだったので、担当を変えてもらいたいとお願いした。救急搬送されてすぐ対応をしてくださったが、その後また担当が戻っていた。というのも、その1度目の入院の担当医が医師の振り分けをする部長ということで強引に戻したとのことだった。
まだまだそういうことがあるんだなと思った。
昨日の母の様子は前よりも少し穏やかで笑ったりする表情も見られた。
今回大変なことだらけだったけど、人の優しさにたくさん触れることができました。
父と母がとてもいい夫婦であることもわかったり、お母さんのことを大切に思ってくれている人がいること、今まで私が知らなかった景色が見えています。
ほんの5日ほどしかまともにしてないけど、家族での介護は凄く大変だと思います。閉塞的だし、孤立感を感じやすいと思う。
子供達の協力もあって、歌の活動を続けられたことが私にとって救いになっていました。
励ましてくださった方々お力をくださった方々に心から感謝しています。
退院できて、母が穏やかな生活がまた少しでもできるように皆さんも祈っていてください。
0 件のコメント:
コメントを投稿